空日照の街A City Aglow
CASE TOKYOは、2020年1月31日(金)から2月15日(土)まで百々俊二特別展「大阪ポートレート」に引き続き「空日照の街(そらほでりのまち)」を開催いたします。本展では、Case Publishingより昨年11月に刊行された同名写真集収録作品より厳選された22点を展示いたします。
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1983年8月、私36才。ベトナム戦争の徴兵を拒否して日本とタイで活動しているアメリカ人映像作家のバイロン・ブラック氏から「バンコクは大阪に似ていて面白いから一緒に行こう」と誘われ2週間の予定で出掛けた。成田からマニラ経由。12時間程でドーン・ムアン国際空港に着いた。市内まで路線乗合バスで冷房はない。夜の街はほとんど明かりもなくバイク、トクトク、トラック、タクシーすべて中古車。クラクションとエンジン音の喧噪、排ガスの中を我先に走る。少し走るとまた止まり、大渋滞で市内の中心地オリエンタルホテル裏の小さな旅人宿スワンホテルに着いたときは、汗と耳鳴りが止まらなかった。
次の日、バイロンは少年とホテルの部屋にいる。あーそうかと思い、一人で街歩きに出かけた。ファランボーン駅(クルンテープ)タイ国際鉄道バンコクの始発駅だが、どこか上野駅に似ている。タイ東北地方の人々がたくさんの荷物、野菜、衣類などを竹カゴに入れて、両手、背中、頭にまで乗せてバンコクまで売りに来たのだろう。新しい靴、ラジオカセット、扇風機など、山ほど荷物を持って帰って行く。駅のホームで人々を眺めていると何時間でも過ごせる。最も興味を惹かれるのは顔、風体その身振りからバンコクにどんな人間が暮らしているのか、おぼろげながら想像する。
列車とバスで、チェンマイ、ウドンタニ、パタヤ、アユタヤー、など旅して帰る。写真はあまり撮れなかった。表現の戦略があまりにも欠落していた。
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2019年3月24日タイ総選挙の投票日。バンコクは静かで街中を街宣車が遊説していると思っていたから意外だった。2014年のクーデター以降、5年近くにわたる軍事政権への評価が焦点だ。バンコクでは各政党が、大規模な広場で集会を開く。街は酒類販売の禁止以外日常のままだった。
高度経済成長、ITやスマートフォンの普及率が高くなり、電子マネーやモバイル決済の急速な発達に伴う価値観の変質、多元化が何をもたらすのか。
生れながらのどうにもならない圧倒的経済格差。自分の責任を問われる必要のないことから受ける苦痛。若者たちの心奥においてこの不条理な苦痛が大きくなり、社会制度によって処理しがたい実存的な苦痛が宗教や宗教性を持った広い意味の芸術で対処できるだろうか。
犯罪率が高く、格差社会がひどい近代化、グローバル市場化がタイの伝統と共存を図り、作り変える力を持てるだろうか。
少しはそんなことを考えながら、いつも思っているまだ見ぬ新しい写真を求めて街歩きを続けてきた。
「人がどう生きているのか。人間の本質が見えるか。」
その1枚が撮れたか定かではないが、もういいかと思う瞬間が訪れた。
もう何も見たくなくなった。
2019年3月25日撮影終了
― 百々俊二 写真集『空日照の街』作者あとがきより
Artist
百々俊二 Shunji DODO
1947年大阪生まれ。九州産業大学芸術学部写真学科卒業 、同年東京写真専門学校教員に。1972年に大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ専門学校・大阪)教員となり、1998年同校学校長に就任。2015年には入江泰吉記念奈良市写真美術館館長に就任。写真家であり写真教育者としても写真と関わり続けている。
写真集『楽土紀伊半島』で日本写真協会年度賞 、写真集『千年楽土』で第24回伊奈信男賞。写真集『大阪』で第23回写真の会賞と、第27回東川賞飛彈野数右衛門賞を受賞。